海の自然環境を
知るための10冊
選定書籍一覧
(藤田 喜久・選)
2018年度の沖縄県への入域観光客数がついに1千万人に到達した。同年の観光統計実態調査(2018年度)によると、来沖観光客の約35%が海水浴・ダイビング・釣りなどのマリンレジャーを体験し、さらに、観光地巡りの行き先上位(5位以内)には、ビーチや海浜リゾート、沖縄美ら海水族館、万座毛などの景勝地のような海に関係する場所・施設が含まれている。「海」は、沖縄にとって欠かすことのできない観光資源である。
しかしその一方で、沖縄の海は、その姿を急速に変えつつある。久しぶりにお気に入りの場所(海)を訪れたら、すっかり昔と変わってしまっていたという経験を持つ方々も多いのではなかろうか?実際、沖縄に暮らす私たちの生活自体も次第に海から遠ざかりつつあり、海の環境や生物について考えたり、学んだりする機会は少なくなっているのではないだろうか。そこで、本稿では、沖縄の海(主にサンゴ礁)の自然環境や生物について学ぶための書籍を紹介する。
解説
冒頭に紹介した観光統計実態調査の満足度調査では、来沖観光客の70%以上が「海の美しさ」を評価している(満足している)という。「海」が、沖縄の観光・経済に多大な影響をもたらしている以上、私たちは、「観光客が求める美しい海」を維持する必要もあるだろう。一方で、沖縄で暮らす私たちにとっての「海の美しさ」とは何か?また、残す(守る)べきものとは何か?深く学び、考える時が来ているように思う。

藤田 喜久 (ふじた・よしひさ)
1972年兵庫県生まれ。琉球大学大学院理工学研究科 博士後期課程 修了(博士)。
専門は海洋生物(特に甲殻類と棘皮動物)。
沖縄の生物多様性・環境保全活動にも力を入れている。
沖縄県立芸術大学 全学教育センター准教授。


「沖縄の海」と言えば、何をイメージするだろうか?観光客の多くは、青い海と白い砂浜、つまり「サンゴ礁の海」を連想するのではなかろうか。一方、沖縄出身者でも、年代や居住地などの違いにより、イメージする海は各人で異なるだろう。年配の方々や海辺で暮らす方々だと、生活の場でもあったイノー(サンゴ礁の礁池)を海の原風景だと感じる人が多いのかもしれないし、都市部に住む現代の若者にとっては、人工ビーチや防波堤からの景観こそが、海なのかもしれない。
一方、沖縄本来の海の自然環境は、実に多様である。一口にサンゴ礁の海と言っても、砂浜、岩礁、海草藻場、サンゴ群集、転石帯(死サンゴ塊や石灰岩片が集まった場所)、砂泥底、海底洞窟などのさまざまな環境から構成されている。また、内湾域や河口域付近には干潟・マングローブ環境が広がり、サンゴ礁とは異なる景観・生態系を創り出している。『沖縄県史』には、沖縄本来の海の自然環境や多様な生物たちが、美しい写真とともに解説されており、全体像を把握するために最適の一冊である。

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沖縄の浅海域には、「サンゴ」という石灰質の骨格を持つ動物が中心となって、長い年月をかけて作り上げた「サンゴ礁」という地形が発達する。外洋からの波を砕くサンゴ礁があることで、礁の陸側には水深が浅く穏やかな海域(イノー:礁池)ができる。サンゴ礁の周辺には、さまざまな環境があり、そこに生息する生物たち同士、あるいは環境と生物との多様かつ複雑な関わり合いが生まれ、「サンゴ礁生態系」が成立する。「サンゴ(物)」、「サンゴ礁(地形)」、「サンゴ礁生態系」の用語は、お互いに深く関係し合うものであるが、指し示す内容は異なっている。
これらのことを正しく理解するための入門書として、まずは『サンゴとサンゴ礁のはなし』を薦めたい。本書では、「サンゴ」と「サンゴ礁」に関する専門的な内容が平易な文体とQ&A 形式で解説されており、大変読み易い。

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一方、より気軽にサンゴ礁のことを知りたいという方には、貴重で美しい写真が満載な『サンゴ礁と海の生き物たち』をお薦めする。

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また、『サンゴ 知られざる世界』は、“動物としてのサンゴ” に関する基礎的・最新の研究知見が豊富な写真とともに解説されているのでぜひ一読されたい。

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『熱い自然 サンゴ礁の環境誌』は、サンゴ礁域で見られるさまざまな地形や環境について専門的に解説された意欲的な一冊であり、また、『足場の生態学』は、生物たちが要求する「足場(生息場所)」に視点を置き、サンゴ礁環境において多種の生物たちが共存できる仕組みについて論じた重要な一冊である。

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『熱い自然 サンゴ礁の環境誌』は、サンゴ礁域で見られるさまざまな地形や環境について専門的に解説された意欲的な一冊であり、また、『足場の生態学』は、生物たちが要求する「足場(生息場所)」に視点を置き、サンゴ礁環境において多種の生物たちが共存できる仕組みについて論じた重要な一冊である。

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『沖縄のサンゴ礁』は、サンゴ、サンゴ礁、サンゴ礁生態系の詳細を、各分野の第一人者たちが解説した名著である。私も学生時代に、この本を幾度となく読み返していたことを思い出す。

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沖縄の海に暮らす生物の多様性を感覚的に理解するには、図鑑を眺めるのが良いだろう。日本は世界でも指折りの図鑑大国であり、さまざまな分類群ごとに非常に多くの図鑑類が出版されている。しかし、沖縄の海洋生物は、極めて種多様性が高く、学術調査も不十分である。今でも、多くの「新種」などが見つかり、研究知見が常に更新され続けているため、どれか一冊で満足できる図鑑を探すのは難しい。その上で薦めたいのは、『沖縄の海 海中大図鑑』である。この図鑑には、沖縄近海で比較的よく見られる生物が網羅的に掲載されており、種多様性の一端を伺い知ることができる。

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現在、沖縄の海は、開発・赤土や生活排水などの流出・海洋ゴミ・観光による過剰利用など、さまざまな環境問題に直面している。近年では、生物多様性保全やサンゴ礁環境保全に関心を持ち、実際に活動に参加される方々も増えてきた。こうした方々にぜひとも一読していただきたいのが、『海の生物多様性』である。本書では、沿岸から深海に至る様々な環境や生態系、生物多様性、保護・保全のあり方等について論じられており、“海の教科書” とも言うべき一冊である。

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一方、極めてローカルな視点からサンゴ礁の自然環境を論じた『サンゴ礁の人文地理学』もぜひ一読されたい。本書では、漁労活動(漁業とは限らない)を通じ、沖縄の人々がどのように海と向き合ってきたのかを知らされる。それと同時に、沖縄独特の言語・文化・芸術にも「海」が深く関わり、それらを育んできたことを知ることもできる。従来のサンゴ礁保全活動の多くは、自然科学研究(特に生物学)の知見に基づいて進められてきたように思われるが、今後の保全活動における重要な視座(ヒント)は、本書の中にこそあるように思われる。

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