戦後史ー基地問題を
知るための10冊
選定書籍一覧
(佐藤 学・選)
「戦後史-基地問題」という主題で県立図書館の10冊を紹介する、という依頼を受け、非常に困った。米国に留学した私の本来の研究領域は米国国内政治、連邦議会研究であり、在沖米軍基地問題を本格的に学んだのは沖縄に来てからだ。歴史や現代史は門外漢で、沖縄の戦後史は現職に就くまでほとんど何も知らなかった。このような者にあまりに広い主題についての執筆依頼が来たのは、おそらく何も知らない人間がどのような本を読むことで必要な知識が得られたかを紹介すれば、読書案内として役立つとの判断が依頼者にあったのだろう。そのつもりで以下、紹介していく。

佐藤 学 (さとう・まなぶ)
1958年東京生まれ。
早稲田大学、ピッツバーグ大学で政治学を学ぶ。
2002年より沖縄国際大学教授。
著書『米国議会の対日立法活動』『米国型自治の行方』『沖縄が問う日本の安全保障』(共著)など。


沖縄に来る前、沖縄社会は基地反対の政治勢力一色だと考えていた。これはおそらく県外の多くの人々が、今も抱いているイメージである。そうではないことを教えてくれたのは、宮里政玄『日米関係と沖縄1945-1972』だ。沖縄生活2年目に本書を読み、戦後一貫して保守勢力が一定の勢力を維持していた状況、それが日米関係、復帰にどう影響を与えたかを知り、沖縄への見方を変えねばならないと覚悟した。沖縄に来てすぐ、沖縄対外問題研究会に参加できて、宮里氏の国際政治理論に基づいた現状分析に感銘を受けた。

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研究会では新崎盛暉氏の民衆の力を信じる熱い言葉にも直接接することが出来、新参者にはこれ以上ない学びの機会であった。亡くなる直前まで活発な執筆活動をされた新崎氏の最初の著作が、中野好夫氏との共著『沖縄問題二十年』である。生涯をかけて粘り強く問題提起し続けた新崎氏の揺るがぬ視点が見られ、今読んでも新鮮だ。

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2004年の沖縄国際大学ヘリ墜落事件以後、日米関係をそれまでとは全く異なる立場から学ばねばならなくなった。日米双方の文献を読む中で、表に出る話とそうでない話があることが分かってきたからだ。それを広く読者に分かりやすく説いた嚆矢が、前泊博盛・編著『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』だ。本書を含む「戦後再発見」双書シリーズをプロデュースした矢部宏治氏がまとめた『知ってはいけない』の2冊も好著だ。

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それにもかかわらず、在日米軍基地問題が「沖縄問題」として片づけられる状況は微塵も動かない。それはなぜなのかを真正面から明かしたのが、古関彰一・豊下楢彦『沖縄 憲法なき戦後 講和条約三条と日本の安全保障』である。憲法学と国際関係学の泰斗による、火を噴くような共著は、日米両国が沖縄をどのように使い、戦後の矛盾を隠してきたかをつまびらかにする。とりわけ、日本国憲法制定過程で沖縄県民が除外された経緯は、古関彰一『平和憲法の深層』(2015、筑摩書房)に詳しい。

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一方でこの論点を全く異なる領域で指摘したのが金井利之『行政学講義』だ。東大教授の金井はポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約の論理を検討した上で“日本とは、米国にとっては(「潜在主権」しかない)「自治領土」ですが、アメリカを含む諸外国にとっては独立国家・主権国家です。それがアメリカ=米国の対日処理方針なのです”(p.165)と断じる。この規定から在沖、在日米軍に関する、あらゆる問題の答が導かれるのではないか。

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日本が米国に対して、そもそも対等に交渉する立場にないとすると、何も変えられないことになる。しかし、現実に米軍基地に起因する多くの災厄に直面してきた沖縄県民は不正義を正す営為を続けてきた。その苦闘は地元紙の丹念な取材と、成果の多くの刊行が貴重な記録となっている。二つだけ挙げると、沖縄タイムス社編『庶民がつづる 沖縄戦後生活史』は今、私が教える学生たちが読んでいるが、今や「大昔の歴史書」である。多くの市井の人々が書いた本書から、「近いはずだが遠くに過ぎた」過去が、今日の状況の根底にあったことを知ることができる。

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琉球新報社編『世替わり裏面史 証言に見る沖縄復帰の記録』は、復帰に関わった要人の生々しい証言集である。「屋良建議書」の作成過程や、「強行採決により国会提出が間に合わなかった」という、今聴く「語り」の「裏面」がどうだったのか、あるいは施政権・主権が無い中で、どのように復帰前の「国政参加選挙」が実現したのか等が、復帰後10年という絶妙なタイミングで当事者への取材で明かされている。思い込みで考えず、謙虚に資料に当たる必要を痛感させられた1冊だ。

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沖縄戦後史を学ぶ中で、主権が変わること、軍事植民地であったことの意味を少しは実感をもって理解できたのは、牧野浩隆『戦後沖縄の通貨』を読んでである。国家の狭間で住民への影響などを軽視して変更される通貨政策、沖縄の支配を「主権者」の都合良い方向にするために道具として通貨が使われたという観点は、沖縄はドル社会だったということしか知らなかった私に重要な教訓となった。

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復帰後沖縄がどのように支配されてきたかの一端は、川瀬光義『基地維持政策と財政』が格好の手引書だ。沖縄にとり良きものであったはずの復帰特別措置・沖縄振興の仕組みが、いかにして沖縄の自治の力を蝕んできたか、財政という素人には難しい局面から解き明かした本書も、広く読まれる必要がある。

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沖縄が誇る自治の営為が、1973年名護市第一次総合計画・基本計画「逆格差論」と、それに続いたまちづくりだ。宮城康博『沖縄ラプソディ〈地方自治の本旨〉を求めて』が「逆格差論」の意義を再確認してから12年経つ。その間にも名護市の状況は二転三転してきた。しかし、「逆格差論」の光は消えることはない。大切なものは、足元にあるのだ。

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