女性史を知るための
10冊
選定書籍一覧
(喜納 育江・選)
私には大正生まれの祖母がいた。幼い頃から首里の王族家の奉公人として働き、初等教育も満足に終えられなかった祖母が書けた唯一の漢字は自分の名前だった。戦火の沖縄を病弱な身体を引きずって逃げまどううちに、赤ん坊の息子を栄養失調で亡くした。
現在、私には87歳の母がいる。戦時中は宮崎に疎開し、飢えと寒さを疎開先の人々の温情に救われて生き延びた。戦後戻った沖縄では仕事もなく、土方もしたという。後に就職した建築会社では、年末年始も休みなく働いた。社長に抗議すると「ここをやめてどこで働く?パンパンになるか?」と言われた。しかし、結婚退職する際に、当時としては破格の退職金を払ってくれたのもその社長だった。
沖縄は、沖縄という場所だからこその試練を生き抜いた女性たちの物語であふれている。経験知の学問である女性学やフェミニズムの使命は、そうした名もない女性たちの生きざまを可視化し、彼女たち自身の声に耳を傾けることにある。ここではそうした観点からの10冊を挙げてみたい。
解説
「ジェンダー」という言葉が定着し、LGBTQへの関心も高まる昨今、「女性の視点」にこだわる学問は、何となく偏狭な印象があるかもしれない。しかし、小窓から見える景色の奥行きは広大であり、全ての問題はどこかでつながっている。結節点を探し当て、解決するのが今日の私たちへの宿題だと言えよう。

喜納 育江 (きな・いくえ)
1967年那覇市首里生まれ。
琉球大学国際地域創造学部教授。同大ジェンダー協働推進室長。専門はアメリカ文学、ジェンダー研究。著書に『<故郷>のトポロジー―場所と「居場所」の環境文学論』、編著書に『沖縄ジェンダー学』全3巻など。

花を手にスピーチを聞く参加者。2020年、那覇市。(資料提供:沖縄タイムス社)

私の祖母が戦場を北部へ向かっていた頃、砲弾の飛び交う南部へと進んでいたのが女子学徒隊だった。『沖縄戦の全女子学徒隊』には、悲惨な沖縄戦を経験した9校の女子学徒隊生存者の体験談が収録されている。彼女たちの声に耳を傾け、彼女たちが学徒隊である前にいかに普通の少女たちであったかを知れば、皇民化教育は男性化教育であったことがわかる。

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戦争で全てを失った女性たちの戦後は、絶望する間もなく始まった。コザ児童保護所やコザ女子ホームをつくり「戦後沖縄の福祉の母」と称された島マスは、後に女性学のための基金を創設した金城芳子と同じ明治生まれだった。回想録『島マスのがんばり人生』を読めば、親が生活費のために実の娘に米兵相手の売春を強要するほど堕落した沖縄社会で常に犠牲を強いられていたのは女性であり、それを救済しようとしたのも女性たちだったことがわかる。

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米軍の性暴力は、沖縄の女性の人権を蹂躙してきた。高里鈴代著『沖縄の女たち―女性の人権と基地・軍隊』は、女性に対するあらゆる暴力と、暴力を正当化する軍事組織の連続性を明らかにした。犠牲者の思いを背負い、沖縄の女性運動は、国際的な女性の連帯に視野を広げ、脱軍事化という次のステージへ舵を取ったのである。

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基地の整理縮小によって21世紀には鳴りを潜めた感のある「基地の街」だが、そこには、かつて存在した女性たちの記憶が染み付いている。崎山多美の『クジャ幻視行』は、基地の「マチ」の記憶をたどり、今は亡き女性たちの沈黙を聴き取ろうとする言葉でつづられた小説集である。

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平敷兼七の写真集『山羊の肺』には、崎山の小説に出てくる架空の「マチ」である「クジャ」を想起させる人物や風景が収められている。セックスワーカーと思しき女性たちの日常風景を撮った〈「職業婦人」たち〉という章では、彼女たちの笑顔のたくましさと美しさに圧倒される。

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沖縄の女性の経験を「女性史」としてまとめる動きが出てくるのは、20世紀も後半のことである。「女性史」が体系化される過程を見る時の必読書としてまず浮かぶのは伊波普猷の『沖縄女性史』だ。大正時代の男性知識人である伊波が、ノロ、ユタ、ジュリなど、古琉球からの女性文化を体系的に記述しようと試みているのが極めて興味深い。

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その伊波の成果を現代の文脈で、フェミニズムやアメリカ文学研究などの知見を交えて進化させたのが、勝方=稲福恵子著『おきなわ女性学事始』である。出版当時、欧米の文学やフェミニズム理論と沖縄研究が融合して化学反応を起こしたような斬新さに衝撃を受けた。

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拙編著の3巻からなる『沖縄ジェンダー学』シリーズの、例えば『沖縄ジェンダー学1「伝統」へのアプローチ』も『おきなわ女性学事始』に触発され、沖縄研究とジェンダー研究の交差を試みた研究の成果である。

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20世紀も後半になる頃、ようやく女性研究者自身の手による女性の経験の体系的な可視化が行われるようになった。『時代を彩った女たち』には、安政生まれから昭和生まれまで、多様な分野で活躍した80人の沖縄女性のプロフィルが掲載されている。沖縄の近現代を作ってきた女性たちの人生の物語に出合える良書である。

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沖縄の女性史研究の集大成として、今日までの最新の沖縄女性研究の成果を携え、満を持して上梓されたのが、『沖縄県史 各論編第8巻 女性史』である。個々の女性の経験を、その歴史的・社会的背景とともに俯瞰的に理解した時に、女性学の経験知は初めて学問として完成する。本書は沖縄女性史研究を志す人のバイブル的な書と言っても過言ではない。

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