若者と貧困を知るための
10冊
選定書籍一覧
(上間 陽子・選)
沖縄県内の子どもの貧困率が29.9% というニュースから、早くも3年近くの月日が流れた。全国初の自治体による貧困率の算出という偉業がなされたのは、故翁長雄志知事による強力なリーダーシップあってのことだろう。私たち大人もまた、この動きを加速させるための責任の一端を担っている。そういった意味で、私たちの生活の足元にある貧困、特にそれが濃密に現れているであろう若者たちの貧困について考えてみることは一定の意味がある。
小説や社会調査やノンフィクションは、県の貧困調査以前から、まさに若者たちがどう働きどう生きているのか、かれらの生活の現場と、かれらの見ている風景を切り取り続けている。ここではそうした書物を紹介してみたいと思う。
解説
故翁長知事が政治の問題として可視化した、沖縄の貧困問題解消というバトンは、新知事・玉城デニー氏にすでに渡された。私たちはいま、足元にある社会の分断に抗い、人びとの包摂のほうに歩みを進める、待ったなしの地点に立っているのではないだろうか。

上間 陽子 (うえま・ようこ)
琉球大学教育学研究科教授。現在、沖縄の風俗調査、若年出産女性調査をてがけている。
『裸足で逃げる』(太田出版)、『沖縄子どもの貧困白書』(かもがわ出版)、『危機のなかの若者たち :教育とキャリアに関する5年間の追跡調査』(東京大学出版会)現在webちくまで「海をあげる」を連載中。


仲村和代の『ルポ・コールセンター』は、沖縄のコールセンターで働く若者たちへの取材によるルポである。時給が1000円に近いコールセンターの仕事は、相対的に安定した給料を得られる職場だが、年間の離職率は9割とその実態は厳しい。コールセンターを取材した記者の目を通して私たちが知るのは、自分よりも弱いものを徹底的に追い詰めるカスタマーたちの闇であり、そうしたストレスの多い職場でもがきながら働いているシングルマザーや若者たちの姿である。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

若者たちの生活を切り取った一冊として、石川竜一の『okinawan portraits 2012-2016』も興味深い。路上、ドミトリー、居酒屋、キャバクラ、ラブホテルといった個々人が生活し働く現場で撮られた写真は、それぞれの生が営まれている場所を私たちに想起させる。そしてそれらの写真が映し出すのは、私たちの生活が分断されている事態である。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

同じく打越正行の『ヤンキーと地元』もまた、分断されているもう一方の生活に飛び込んで書かれた渾身の一冊である。学校を早期に離脱し建設業や風俗業界に参入する少年たちが、親族・地元の相互扶助的ネットワークから排除されるなかで、しーじゃあ・うっとぅ(先輩と後輩)の暴力と庇護が一体化した関係を生の基盤とする様子を描いている。14年もの月日をかけた調査による「分厚い記述」は、沖縄の男たちがなぜ暴力によせられていくのかを解明するという点でも興味深い。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

桐野夏生の『メタボラ』もまた、すぐ隣にあるが不可視化されている風俗業界で働く若者の生活を描いたものである。主人公と宮古島出身の昭光のやりとりで構成されるこの小説は、袋小路のなかであがくふたりの姿を通して、多額のお金を得ながらもそれが流れ続ける風俗業界の内的論理も描いている。風俗業界で働く男性と女性の差異、ということも見逃せない点になるだろう。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

独り身で風俗業界に参入する男性に対し、風俗業界で働く女性たちの多くが、一人で子どもを育てるシングルマザーであることは、拙稿の『裸足で逃げる』においても読み取れる。彼女たちが風俗業界で働くのは、豊かで贅沢な生活をするためではなく、ほかの仕事よりは幾分かは高い賃金を得ることで、単身で子どもを育てることと、生活を成り立たせることを両立しようとするからである。しかし、沖縄の女性が若くして子どもを持ち、その子どもの生を全面的に負って生活しているのはなぜなのだろうか?

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

沖縄の女性たちが子どもを生み続けることを、沖縄が「命どぅ宝」の島だからなどといったノスタルジックなイメージで語ろうとする言説には枚挙にいとまがない。だが、澤田佳世の『戦後沖縄の生殖をめぐるポリティクス』は、沖縄の女性たちが子どもを生み続ける背後に、父系継承主義の家族編成原理と、アメリカ軍の占領下にあることで人口増強体制が継承され、避妊・中絶手術が不可能であった政治を読み取る。マクロ・ミクロデータと政治を関連させ、この実態を生み出したのは何かを証明しようとする澤田の鮮やかな手腕は、まさに社会学の王道の研究であり説得力がある。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

このように若者と貧困を語るとき、沖縄が長く占領されていた島であるという事実は、さまざまな形で姿を現す。沖縄タイムス中部支社編集部の『基地で働く』は、戦後、軍作業員となった若者たちが受けてきた被害や、かれらが何を思い、どうやって家族を形成してきたがうかがえる良書である。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

藤井誠二の『沖縄アンダーグラウンド』は、米軍の占領下において人工的に作られたひとつの売春街の始まりから終わりまでを描いたルポである。圧倒的な軍事力を背景にした占領の日々を、沖縄・奄美の女性たちは身体ひとつを生業の道具として生活してきた。そこで働いていた女性とその女性が住む街は、今度は同じ沖縄の人びとによる「浄化」作戦によって消えていく。本書の読書体験は、沖縄内部の暴力と私たちが向き合うことをいやおうなくさせるだろう。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

目取真俊による『虹の鳥』は、占領軍に統治された沖縄の若い男たちの慢性的な自己不全感が、今度は沖縄の若い女たちにむけて発露するさまを残酷なまでに描き切った小説である。基地という私たちの外部の問題とともに、さまざまな形で基地と馴れ合う私たち内部の問題を地続きのものとして描いた本書には救いはない。だが救いがないという地点に立つことによって見えてくることもあるだろう。物語の力を存分に味わいたい。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

物語の力という点で、昨年の直木賞、真藤順丈の『宝島』もまた圧巻である。沖縄の米軍基地から物資を盗み出し、その戦果を人びとに分け与えた伝説のアギヤーのリーダーがカデナ基地から持ち帰り、最期まで守った「最後の戦果」は、今後、私たちが何を目指して生きていくべきかの指標をも示す。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます