沖縄の地図を知るための
10冊
選定書籍一覧
(安里 進・選)
古地図や絵図は見ているだけで楽しくなる。別世界に思いをはせ、過去の時代をこの目で垣間見ることができる。そして、文献史料では知ることができない歴史情報が埋め込まれている。ここでは、琉球の古地図・絵図をめぐる最近の研究状況を紹介しよう。
解説
琉球の古地図・絵図をめぐる歴史GIS研究の実践は今後の課題だが、その際には総合的な古地図・絵図研究の入門書である『絵図学入門』が指南書になる。歴史GISの研究が進めば古地図・絵図から新たな歴史が解明されていくだろう。
また、県文化振興会史料編集室が刊行作業を進めている『沖縄県史 図説編』は、古地図・絵図だけでなく音や匂いという従来の琉球史研究にはない新たな切り口で琉球史を解説しようという意欲的な試みだ。これらの非文字資料による研究展開が、多角的で奥行きの深い琉球史像を描き出していくにちがいない。

安里 進 (あさと・すすむ)
1947年那覇市生まれ。琉球大学卒。
前沖縄県立博物館・美術館館長。
沖縄県立芸術大学附属研究所客員研究員。

近年、古地図・絵図のデジタルデータ化と情報公開が進み、誰でも簡単に自宅からインターネットで高精細の図を見ることができるようになった。試しに、ネットで「貴重資料デジタル書庫」と入力すると「貴重資料デジタル書庫/沖縄県立図書館蔵デジタル・アーカイブ」が出てくる。その中から『首里古地図』を開いてみると、今から280年余り前の王都の住宅地図が、精細でカラフルな地図になって現れる。

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次に『琉球国之図(薩摩藩調製琉球図)』を開くと、18世紀末に王府が作製した高精度の沖縄諸島図が出てくる。現在の地図に重ねても誤差が少ない。意外にも琉球王国には、世界的にみても先端的な測量術があったのだ。

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続いて『首里那覇図』を開く。これは王国末期に民間絵師が首里・那覇の都市景観を描いた鳥瞰(ちょうかん)図だ。よく見ると、薩摩藩の在番奉行所に代わって明治政府の内務省館があり、那覇港には中国への渡航を禁止された進貢船と日本の蒸気船が停泊している。そして首里城を武力制圧して琉球王国を滅亡させることになる日本軍の古波蔵分営所も描かれている。世替わり直前の緊迫した状況が、美しい絵図の中に埋め込まれている。

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絵図を信用するとだまされることもある。『首里城図』は友寄喜恒(ともよせきこう)が王国末期の首里城を描いた絵図だが、この図の正殿は、壁の色や唐破風と正面階段の形状が事実とは異なっている。古地図・絵図はたまにうそを描くこともあるから要注意だ。
ネットで閲覧ができない琉球の主要な古地図・絵図は、次の図書で見ることができる。

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『古地図にみる琉球』(県史ビジュアル版)には、東アジア・ヨーロッパ諸国など外から琉球を描いた古地図が網羅されていて便利だ。琉球が記載された最も古い古地図の一つに1305年頃の「日本図」がある。龍が取り巻いて守る日本。その外に奄美・沖縄がある。奄美は日本の「私領郡」で、沖縄島は「身人頭鳥」と注記される魑魅魍魎(ちみもうりょう)が棲む異国だった。朝鮮王朝が作製した15世紀中頃の「琉球国之図」では、日本領だった奄美が琉球領になっている。最近の研究で、これらの古地図と当時の文献史料から、琉球軍が日本軍と戦って奄美を奪い取ったことが分かってきた。

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薩摩藩の琉球侵攻以後の古地図・絵図は、『琉球国絵図史料集』に収録されている。江戸幕府が薩摩藩に製作させた正保・元禄・天保の琉球図絵図(17~19世紀)と、首里王府が作製した18世紀の「首里古地図」、「久茂地村屋敷図」、「琉球国之図(薩摩藩調製琉球図)」が収録されている。王府がこれらの地図を製作した背景には、全琉的な人口増大と開発による社会矛盾、そして首里・那覇の都市化問題があった。

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王府に続いて、民間絵師も変貌していく首里・那覇の都市景観を「首里那覇鳥瞰図」という様式で描くようになる。『日本近世生活絵引 奄美・沖縄編』は、「琉球交易港図屏風」(浦添市美術館蔵)に描かれた都市の生活文化の様子を、字引ならぬ「絵引」という新たな手法で解説している。

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古地図の高精細デジタルデータ化は、現在の電子地図に重ねて解析する「歴史GIS」という新たな研究領域を切り開いた。『近世測量絵図のGIS分析』は、江戸時代各地域の測量事業と古地図・絵図の測量精度についての論文集だ。本書には、首里王府が作製した「琉球国之図(薩摩藩調製琉球図)」や「間切図(薩摩藩調製琉球図)」のベース図である「間切島針図」と、先端的でユニークな測量術について詳細な分析論文が掲載されている。一昨年、「間切図(薩摩藩調製琉球図)」と「琉球国之図(薩摩藩調製琉球図)」が琉球王国の科学技術水準を示すものとして国の重要文化財に指定されたが、これは同論文の研究に負うところが大きい。

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『近世城下絵図の景観分析・GIS分析』は、江戸時代の城下絵図に焦点を絞った近刊予定の論文集で、「首里那覇鳥瞰図」をめぐる景観分析論文も掲載されている。現在確認できる全ての首里那覇鳥瞰図を詳細に検討して各絵図の年代を設定している。その上で、1733年に村立して職人の町としてにぎわった久茂地村が、わずか半世紀後には過疎化・無人化していたという新事実や、先に紹介した「首里城図」などの虚構性を論じている。

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琉球の古地図・絵図をめぐる歴史GIS研究の実践は今後の課題だが、その際には総合的な古地図・絵図研究の入門書である,『絵図学入門』が指南書になる。歴史GISの研究が進めば古地図・絵図から新たな歴史が解明されていくだろう。

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