沖縄のエッセーを
知るための10冊
選定書籍一覧
(新城 和博・選)
エッセー(随筆)は、なにを書いてもいい。もちろん随筆はなにかしらのテーマは設定されているのではあるが、書き手は、論文、小説などと違い、いくぶん自由な心持ちで書くことができる。沖縄を知るにはさまざまな道筋があるのだが、読者は、先人たちが書き残した沖縄にまつわる随筆をたどることによって、それぞれの沖縄像を思い描くことができる。
たとえば、ぼくは那覇の古い地図を片手に現在の那覇を散歩するという趣味があるのだが、いにしえの那覇を想うために愛読している随筆集がいくつかある。
解説
今回つれづれなるままに紹介したエッセーのたぐいは、あくまでもぼくの趣味のなせるものである。しかし失われた記憶は、読者という存在によって次の時代へと受けつながれていくものだ。その意味で、著者同様の責任をわれわれも背負っているといえよう。気が重くなるか、それともうれしくなるかは、あなた次第というところだ。

新城 和博 (しんじょう・かずひろ)
1963年那覇市生まれ。
出版社「ボーダーインク」編集者。
主な著書に『ぼくの沖縄〈復帰後〉史プラス』『ぼくの〈那覇まち〉放浪記』ほか。


街角の情景
まずは東恩納寛惇先生の『童景集』である。〈童景集は著者の雑文集である。これをかく命名したのは、その中の一稿を以つて代表したに過ぎぬ〉と前書きにあるが、琉球王朝の面影が残る明治に生まれ、幼いころ過ごした那覇の情景をつづった小文たちを、ぼくは何度もなんども読み直しては、失われてしまった街角の風情に思いをはせた。

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船越義彰さんは、『なはわらべ行状記』で、ウーマクー少年の目でみた昭和のはじめの頃の那覇の姿をいきいきと活写している。なにより副題が「わが童景集」なのである。幼き頃の友人たちとやんちゃに遊んだ記憶や、市場や通りの魅力的なことといったら。まるでトーキー映画のような情景が浮かぶ。

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一方、大正時代に那覇で波瀾万丈な青春を過ごした『なはをんな一代記』の金城芳子さんは、『惜春譜』という随筆集で、少女時代に闊歩した散歩道、「上之倉通り」「石門通り」「大門の前通り」を、グーグルマップさながら記している。
〈石門通りは東京の神楽坂と銀座に似通う雰囲気をかもして若者の楽しい散歩道で、ここをぶらつくことを〝銀ぶら〟にまねて〝石ぶら〟と愛称した〉嗚呼、芳子とともに歩きたかったと、妄想はふくらんだ。

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「祖国琉球」「がじまるの木陰」など、故郷への郷愁をつづった随筆を収録した『山之口貘 沖縄随筆集』には、1925(大正14)年に沖縄を離れた泉崎出身の詩人が、那覇かいわいを舞台に、恋愛におぼれたり、精霊をみたりと、青春時代の片鱗がちらほら見える随筆がある。ちなみに精霊とは、横恋慕して許嫁をうばった先輩のマブヤーのこと。

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時代の変化とともに人も街も流転する。沖縄戦後、街の中心地は移り、アメリカ統治下、復帰を経て発展を遂げる那覇。ジャーナリスト・詩人である牧港篤三氏は、『幻想の街・那覇』で、〈どちらかと言えば気ままなタッチで描く、一個の都市に対する生態系、心象風景の素描画に仕立ててみたい〉と、戦後40年ほどたった街をとらえた。それは、現代を生きる街としての那覇の姿であるが、なぜそれを「幻想の街」とするのか。それは〈あの那覇の旧市街地が、一日のうちに忽然と消え去るのを、この目でたしかめた以上は否めようのない事実だから〉なのだ。

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偉人たちの全集から
こうしたエッセーを探しているうちに意外とおもしろいと感じたのは、沖縄学の偉人たちの全集ものである。ねらい目は最終巻あたり。随筆、雑文とされるたぐいの文章をまとめているのが多いのだ。例えば『金城朝永全集 下巻』収録の「故郷点綴」は、朝永が物心つくまでの数年をすごしたという那覇・上之倉町界隈を「寄合の町」として、その情景を語っている。後に金城芳子の夫となることを考えるとなかなか味わい深いのだ。

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『比嘉春潮全集 第4巻』は「自伝的回想より」とした一連の随筆がさすがの読み応えで、日本最大手の出版社・改造社の編集者として、里見弴、芥川龍之介らとのエピソードを記した「文壇人の印象」や、山奥の旅先でその土地の新聞の、ちょっとした狼藉をはたらいた沖縄出身の女の記事を読んで、人生の運命についてしみじみと思いをはせる「旅であった女」など、短編小説集のような読後感がある。

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ひろい集めたことばたち
『仲原善忠選集 下巻』は、沖縄関係の古書を捕集している仲原氏の奮闘ぶりを記した「古本あれこれ 神保町のカタキをホノルルで」「古本あつめの話」「古文献の待遇」「古本あさり」が、おもしろい。
こうした先人の蒐集のうえに沖縄本の世界があるかと思うとありがたさも増すというものだ。

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家族や地域の絆
個人的に忘れられない随筆といえば、仲宗根政善さんの『琉球語の美しさ』。没後、膨大に残された文章のなかから、〈忘れられない思い出をともなった〉〈方言をめぐる随筆風の原稿をまとめたもの〉である。ひろい集めた「ふる里のことば」たちに、今帰仁、そして琉球への無限の愛をこめた小文は、ひとつひとつが宝玉のように輝いていた。

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もう一冊は大城立裕さんの『縁の風景』。〈小味な面白い話をあつめてコラム〉の新聞連載をまとめたものだ。〈人生八十年のうちに五体に貼りついたさまざまな記憶の映像を、グソーまで持っていくのは勿体ない。生きた証と言っては大げさだが、ここらで読者に申し送ってもよいか、と考えてみた〉と書かれた600字ほどのコラム集は、軽い内容といいつつ、晩年自らの体験を書き記していく私小説へとつながったかもしれない。戦後すぐ大城さんが入選した脚本コンクールで選外佳作となった呉屋一雨という人の手になる「レッドペチコート」という作品の謎が今もぼくは気になっている。

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