沖縄マンガを知るための
10冊
選定書籍一覧
(島袋 直子・選)
独自に発展する「沖縄マンガ」
「沖縄マンガ」とは、2010年に沖縄県立博物館・美術館で開催された「沖縄マンガ」展によると、「沖縄を描いたマンガ、沖縄出身者が描いたマンガ」と定義されている。
「沖縄マンガ」が描いたもの
元キリスト教学院大学教授の大城冝武によると「沖縄マンガ」の始まりは葛飾北斎の『琉球八景』とされ、既存の絵に富士山を足したパロディのようだ。琉球処分の頃の沖縄を描いたのは雑誌や新聞等の風刺画で、戦後の沖縄の情勢を描いたのも風刺画だ。沖縄戦をマンガで表現したのは新里堅進の『沖縄決戦』。全国デビューして沖縄を描いたのは、なかいま強や仲宗根みいこなど。県内の若手マンガ家の発表の場になったのは「コミックおきなわ」や「琉球新報」「週刊レキオ」「沖縄タイムス」「ワラビー」などの新聞や副読紙など。電子化の波が押し寄せたのはウェブサイト「コミックチャンプルー」。自社マンガ雑誌として登場したのは「ファミマガ」。一方ではマンガパンフレットなど、ビジネスでの展開もある。
「沖縄マンガ」が描かれるようになったのは、出版社が集中する東京からかなり離れているからだろう。沖縄は独自の自然、文化のほか沖縄戦や基地問題などがあり、ネタの宝庫といってもいい。沖縄出身のマンガ家も全国誌で沖縄を描いたり、逆に本土のマンガ家が沖縄を取材して描いている。
解説
「沖縄マンガ」の周辺
「沖縄マンガ」はマンガ作品以外にも広がっている。現在はマンガ家育成の学校として総合学園ヒューマンアカデミー那覇校、インターナショナルデザインアカデミー、沖縄ラフ&ピース専門学校などがある。マンガ原作ではライトノベル『あそびにいくヨ!』がマンガやアニメ化された神野オキナや『カジマヤー』がマンガ化された池上永一など、優秀な原作者が存在。他にも大城冝武や本浜秀彦、わうけいさおのようなマンガ研究者も存在。マンガ編集者では私や、マンガ家ではろうあ者のマンガ家である上原麻実、マンガ翻訳家のパッカレなど様々な人材が揃っている。他にもゲームやアニメ会社も県内に存在。これだけの環境が揃っているのは全国でも珍しいと言えるだろう。

島袋 直子 (しまぶくろ・なおこ)
沖縄県那覇市出身。
(株)コミチャン代表取締役社長。
ウェブサイト「コミックチャンプルー」編集長、(公社)日本漫画家協会沖縄ブロック長、専門学校講師、マンガプロデュースなど。


「沖縄マンガ」の流れを知るなら『「沖縄マンガ」展』図録。沖縄マンガ展は2010年に沖縄県立博物館・美術館で開催され、私も企画監修員と図録の編集に携わった。「全国で活躍するマンガ家」や「マンガ家インタビュー」のほか、「コミックおきなわ」や「先島マンガ」などを1冊に凝縮。巻末には「沖縄マンガ略史」があり、時系列で沖縄マンガの流れを知ることができる。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

「沖縄マンガ」の始まりなら大城冝武の『キリスト教学院大学論集 第7号』「沖縄マンガ史・試論—沖縄マンガの黎明期—」。大城の研究では「沖縄マンガ」の始まりは葛飾北斎の描いた『琉球八景』とされる。『琉球国志略』に琉球の景勝地を描いた『球陽八景図』のうち2作に富士山のような山の遠景が追加され、これがマンガ的表現にあたるという。琉球処分の頃の沖縄を描いたのは、「龍宮の争い」という風刺画。「團團珍聞」という明治時代の雑誌に描かれた。
沖縄のメディアでは明治34年1月1日「琉球新報」に「丑年を寿ぐ」などが描かれている。大正5年には宮古島で生まれで本土で活躍する下川凹天が『ポンチ肖像』を出版、日本初のアニメーションも制作した。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

戦後、沖縄マンガの草分けとなったのは渡嘉敷唯夫の登場。「沖縄タイムス」紙で4コママンガ「チャンプー」を連載し、1955年からは風刺漫画『時事漫評』を約40年間連載。渡嘉敷の作品を見たいなら、縮刷版などで確認するといいだろう。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

ストーリーマンガの幕開けは新里堅進。1978年に月刊沖縄社から発行された『沖縄決戦』は衝撃的だった。その後、「琉球新報」紙上で様々な作品を連載。1982年に「ハブ捕り」で第11回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

全国で活躍する、なかいま強は1984年に「月刊少年ジャンプ」の『わたるがぴゅん!』でデビューし連載化。主人公の与那覇わたるのウチナーグチが話題に。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

そんな頃、1987年に『月刊コミックおきなわ』が創刊。作品発表の場とし、マンガ家育成の目的で作られた。当初は月刊誌だったが、1989年に隔月刊となり30号で休刊。その間、20歳前後の若い世代が続々とデビューし、若手作家の登竜門となった。一方ではベテランのマンガ家、平敷善憲がこの世を去った。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

「コミックおきなわ」休刊後は新聞紙上が若手作家の発表の場に。「週刊レキオ」では田名俊信が『はいさいレッキー』を約20年連載。「沖縄タイムス」のこども新聞「ワラビー」では「コミックおきなわ」出身のGONZUI、佐久本まちこ、浮島コロンらが執筆。2003年には、ももココロが「琉球新報」で4コママンガ『がじゅまるファミリー』を連載開始。「沖縄タイムス」では大城さとしが2005年に4コママンガ『おばぁタイムス』を連載開始。優しくて長身のおじぃと、時々突飛な行動をするおばぁが人気だ。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

また「沖縄マンガ」は紙を飛び越えて電子の時代にも。2007年にはウェブサイト「コミックチャンプルー」がマンガ家から「発表の場が欲しい」という声を受け開設。2012年に電子書籍販売も開始。その中で南原明美の『実話・地名笑い?!話』は連載後、印刷単行本化。電子から紙媒体発行となった。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

そんな折、「ファミマガ」が2015年に創刊。これは沖縄ファミリーマートが作ったマンガ雑誌で、沖縄ファミマ限定販売。内容は『沖縄ヒーロー列伝 きいやま商店物語』(GONZUI)、『沖縄ファミメ物語〜チキン誕生秘話〜』(総合学園ヒューマンアカデミー那覇校学生制作)など沖縄ファミリーマートに関する作品を中心に展開。同社が応援する『琉球ゴールデンキングスの軌跡〜リベンジ編〜』(喜名柚日)なども掲載されたが、2017年発行の6号で休刊している。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます

一方ではマンガをビジネス展開する動きも。私の漫画制作会社では、マンガのチラシやパンフレットが増えつつある。今年は絵本『さくらの花のように(著者:山里米子 絵:保里安則 英訳:ジェームス・ロス、ケネス・ロス)』の編集を請け負った。

この本の全国各地の図書館所蔵状況を確認できます